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旅と食のマリアージュ2009
2009年10月02日 (金) | 編集 |
09.09.19 Hokuo8 016

こんばんは、ringoです。
豊かな丹後、豊かな体重、豊かな人生。
天高く食欲の秋です。

今週末、10月4日(日)に京丹後市弥栄町の「丹後あじわいの郷」
において、食の祭典(食の彩天)が開催されます。
京丹後の豊かな、海から山からの食材を利用した料理や加工品などの
試食や販売、そして「こころも満ちる食の国たんご」と題して講演会や
パネルディスカッションもあります。
60センチ×10メートルの巨大ばら寿司作り!や
そば打ちもできます。
6町の観光協会がそれぞpresentする食の風景。
チラシをみているだけで、お腹がぐぅ~~~。

とても楽しみにしています。
もちろん、青空号で行きますよ~。
会場で出会ったら、声かけてね。
また~、食いしん坊のringoさん、何食べとんなるぅ?
いいお天気になりますように。

2009年3月に発行された「観光&ツーリズム」フード・ツーリズム特集
(大阪観光大学観光学研究所報)に「旅と食のマリアージュ」
というエッセイを寄稿しました。
もし、よかったら読んでみてね!


09.09.19 Hokuo8 007

写真上・フィンランド・ヘルシンキ マーケット。後ろの建物は大統領官邸。
   下・フィンランド・ヘルシンキ アカデミア書店。 秋は書店もキノコの季節。
     この書店2階には、アアルトの作った素敵なカフェもありまする。


*旅と食のマリアージュ2009を読む方は以下をクリックしてね*



旅と食のマリアージュ 


海外ツアーディレクターとして、3000日以上、55カ国を旅してきた。
海外の旅先で出会った食卓の風景と、3年前から、ふるさとの京丹後で畑作りを始めた
経験を重ね、「旅すること」「食べること」「時間」について、思いついたことを書いてみた。
情緒的なつたない文章で恥ずかしい限りだが、一海外旅行添乗員の旅と食に対する想いが
伝わればそれ以上嬉しいことはない。


1.私は旅先で何を食べてきたか?


今、20数年にわたり旅先で食べたもの、食卓の風景を思い出すと、思わず頬がゆるんで
しまう。ついつい笑ってしまう私がいる。

初めての海外添乗先は中国だった。食の都・広州を訪れたとき、中国人は飛んでいる
ものは飛行機以外、足のあるものは、机以外は全て食べると中国人ガイドから説明された。
そういえば、西安で、天皇陛下が訪問された時のメニューを頂いたことがある。
「らくだのアキレス腱」を使った料理があった。味はよく覚えていないが、この稀有な食材の
記憶ははっきりと残っている。以来、実によく旅し、よく食べた。

You are what you eat. まさにその言葉通りである。
季節を追って、どこで何を食べてきたか、書き綴っていくことにする。

春には、よくオランダやベルギーに出かけた。オランダ・フォーレンダム(昔は北海に
面した漁村、大堤防ができ湖になった今はちょっとした観光地、町並みがかわいい)では、
民族衣装を着て木靴を履き、チューリップの花を抱え記念撮影をした。その後、屋台で
生のにしん(へリング)を食べた。生のにしんとたまねぎのみじん切り。潮の香りと共に、
つるりと口に滑り込む北海の味。美味しいわと言われる方、一口食べて、もう結構と
言われる方などさまざまな反応。とりあえず、オランダ人の食べ方で春のにしんを食べた
ことは、旅のメモリースティックに記憶される。

春のヨーロッパの食卓で一番好きな食材は、白いアスパラガスである。4月末頃から、
市場には親指くらいの太さで鉛筆の長さの新鮮なアスパラガスが、誇らしげに並ぶ。
ベルギー・ブリュージュでは、アスパラガスと魚料理のフルコースメニューを頂いたことがある。
上品な運河沿いのレストランで、ヨーロッパツアー企画担当の女性と二人ででかけた。
料理方法をかえたアスパラガス料理。アスパラガスを縦に繊維に沿ってきり、パスタに
見立てた前菜が美味しかった。とにかく、アスパラガスを食べないとヨーロッパに春がきた
という実感がない。ツアー中、食事がフリーのときには、この季節、この土地なら、この味をと、
旬の食卓にお誘いすることもよくあった。
お客さまにはとても喜ばれた。

夏のスイスの味は、アイガーやユングフラウなどアルプスの山々を眺めながら食べる
おにぎりである。インターラーケンには、お弁当屋さんがあり、スイス人と結婚された日本人の
奥様が厨房にたつ。懐かしいお母さんの味。ピンク色や紫や黄色の高山植物のじゅうたん、
白く雪を頂いた神々しいアルプスを眺めながら、鮭のおにぎりと麦茶。一緒に旅した両親が、
おにぎりを食べながらこの景色を見ることだけでも、私が二人の子供でよかったと言ったことを
覚えている。

2008年11月には、客船クィーンエリザベス2世号が引退した。引退先は、
アラブ首長国連邦のドバイ、船上ホテルになるという話だ。クィーンエリザベス2世号の
シーンでよく覚えているのは、ノルウエーのゲイランゲルフィヨルド・クルーズ。デッキでカクテル
とダンスパーティ。白い巨大な船の両脇に迫り来る断崖絶壁のフィヨルド。ゆっくりと進む船の
デッキでダンスを楽しむカップルたち、グラス片手にそれを眺める人たち。
ロマネ・コンティを飲んだ唯一の経験も、QE2のクイーンズグリルだった。ワイン好きな
お客さまが注文され、ご一緒に頂いた。大海原をすべる絹の波のような味わいであった。

冬のオーロラシーズンには、カナダのイエローナイフをよく訪ねた時期があった。
イエローナイフでは、ティピーと呼ばれる、先住民族の住居テントの中で暖をとりながら、
オーロラの出現を待つ。その間、スナックとして出されるホットココアや、カリブー(トナカイ)の
肉入りのスープにパン。バナナは外に出しておくと、釘が打てるほど硬く凍った。
大空のシンフォニー・オーロラと暖かいティピーの中でおしゃべりする時間。
初めて出会ったお客さまたちの心も解け、楽しい会話にかわっていった。

旅の記憶は、ひもをほどくように、次から次へとよみがえる。

サンクトペテルスブルグ(レニングラード)からヘルシンキまでの国際列車の食堂車、
タイガの景色を見ながら食べたチョウザメのスープ。入れものは素焼きのつぼだった。

パリから関空へのコンコルドの機内食。とろとろのオムレツとマッハの世界。

ミュンヘンのビアホール「ホフブロイハウス」でのショーなど、エンターテイメント付きの食事も
好きだった。司会者がたくみに世界各国からの旅行者をステージにあげ、ジョークを交え、
踊ったり歌ったり、楽しませてくれる。

オランダではチーズ職人と一緒にチーズを作ったこともある。「体験」もの以上に、真剣で、
容赦ない職人さんの指導に、お客さま全員顔がひきつっていた。

旅の食卓をめぐる記憶は途切れない。笑う顔、さざめく会話、涙を流す人、見つめ合う二人。
旅の食卓は饒舌だ。ドラマに満ちている。人々の表情はゆるみ、心と身体が一緒にある
ように思える。つくづく、食べることは、単に皿の上に載っているものを胃の中に流し込むこと
ではないことを実感する。

食べるという行為は、食べ物と一緒にその空間や時間を食べている。
同じものを食べるならどこでも同じ味がしていいようにも思うが、そうではない。
旅先で美味しいと感じたものを買って帰り、日本で食べると全く美味しくないという経験は
よくある。また、不思議なことに、同じ行程のツアーでも、食事が美味しいととてもよい
印象が残り、ゆっくりした旅のように感じる。

舌の記憶は、幸福感を左右し、時間感覚をもかえる。
訪れた土地の空気や時間の成分も一緒に食べる、幸せな旅の食卓。
食べ物を囲んでの時間を脳が食べているのである。脳は、大食漢である。
美味しい食卓をめぐる時間は、胃袋だけでなく、旅する脳も幸せにする。



2. 畑のルビー、プチトマトが教えてくれたこと


世界中を旅し、食べ尽くした後、戻ってきたのは丹後半島の里山だった。
海の向こうに大陸を感じ、はるか古代からの魂が息づく土地である。

月に一度、ヨーロッパツアーの添乗をしているが、それ以外は、ほとんど京丹後で
暮らしている。3年前から畑仕事を始めた。といっても、空いていた土地でトマトやピーマンや
枝豆を作ったり、チューリップやコスモスを植えている。気楽な家庭菜園である。
あまり手をかけていない。肥料も最初に有機肥料を漉き込むくらいで、後はほとんどしない。
もちろん農薬も使わない。畑作りをしているというのがおこがましいくらいだ。しかし、
文句無く楽しい。今年はじめて、たかのつめを作った。元気に機嫌よく育ち、赤いとんがり
帽子がはりねずみのようにたくさんできた。黒いトマトにも挑戦したが、30センチくらいに
育ったところで枯れてしまった。来年も、新しい野菜作りに挑戦してみたい。

こんなささやかな畑仕事をすることで出会ったのが、自分で育てた野菜を自分で食べる
ことである。5月初めに蒔いた枝豆は、ツアーから帰る度に、目に見えてぐんぐん
成長していく。3ヶ月後には、食べきれないくらいの枝豆を収穫できる。夏の朝には、
プチトマトを収穫する先から頬張る。小さく不細工だが、とても甘く美味しい。移動こそ
していないが、2月半から半年ほど畑で過ごしたトマトの旅の時間が、その甘さに
凝縮している。野菜と太陽の命を頂いているのだ。
なんと贅沢なことか。

丹後半島では、農業や漁業がさかんである。

神話によれば、豊受大神は丹後地方に稲作を伝えたといわれ、その遺跡「清水戸」や
「月の輪田」が残る。現代では、西日本で唯一、食味ランキング・特Aのコシヒカリが
作られる。海や山の食材が豊富な京丹後の食卓は、フードマイル・ゼロである。
食べ物は、生まれたその土地とその土地に流れる時間に所属している。
移動しない幸せがある。生まれた土地の空気の中で、その土地の料理方法で作られた
食事は、豊かな食卓、満たされた時間へと私たちを招く。

先日、京丹後市久美浜町にある古民家のご実家で、民泊と周辺観光をホストされて
いる方を訪ねる機会があった。大阪にお住まいのリタイアされた小学校の先生ご夫妻
である。古民家は奥様の実家である。長い間、空き家になっていたが、近年改装された。
年に数回、知りあいの方と一緒に帰って来て、農作業を手伝ったり、すぐそばの海で釣りを
したり、温泉にでかけたり、冬には蟹や牡蠣料理を楽しんでおられる。

親戚の方、友人の方、ご近所の方との肩のこらない、心あたたまる交流が、
民泊を充実したものにしている。その古民家実家の(留守中の)お世話をされ、
農業をしておられるご近所の方がおっしゃった言葉が印象に残った。日焼けしたつややかな
お顔、深く刻まれた皺、迷いのない眼差しでこう言われた。

「食は正直だ」

それは、作物は、正直に作った人や環境・自然条件をあらわす。また食べ物の美味しさや
安全性は、すぐさま、人の心をわしづかみにして離さない。

人は、食に正直だ。そして、食の正直さを求めるている。


3. 五感プラスアルファ「時間」とフード・ツーリズム


ここでは、フード・ツーリズムという言葉を「旅と食のマリアージュ」に置き換えて考えてみた。

そのマリアージュ(結婚生活)は、結婚式での神聖な誓いの言葉通り、末長く幸せであって
ほしい。上等なホテルに泊まり、リムジンで観光し、ミシュランの3星レストランで食事しても、
歩き疲れ、たどり着いたのが巡礼宿の固いベッドと豆のスープでも、それぞれに深い味わい
や幸福感がある。

結婚生活にしても、旅と食のマリアージュにしても、圧倒的な現実である。
生の人間による一触即発・一食融合の関係であり、圧倒的な実感・肉体を伴う行為
である。人は、身体をおいて何処へも行くことはできない。しかし、便利さを追求する現代の
暮らしでは、ともすると身体感覚をどこかに置き忘れそうになる。脳やコンピューターが
作り出すバーチャルな世界の浮力が大きくなり、幻想や妄想が暴走してしまい、その結果
悲惨な現実を生み出すこともある。現実と心のバランスが崩れているのだ。

そんな中で、旅と食のマリアージュは、崩れたバランスを取り戻す心の旅でもあるというのは
言い過ぎだろうか。何故なら、それは、両方とも、五感プラスアルファの感覚を総動員する
ダイナミックな生の行為なのだから。本物を見ること、聞くこと、触れること、匂うこと、
味わうこと。そして、プラスアルファに、すべてに深く関わる「時間」を加えたい。

例えば、食べ物の内なる「時間」を感じとること。どのような物語を語る食べ物なのか。
誰の手で、どんな想いで作られた食べ物や食事なのか。食卓にのぼるまでどんな旅を
してきた食べ物なのか。食事する「時間」の演出はどうだろうか。どんな空間、
ロケーションで食べるのか。何を着て食べるのか。いつ、何のために食べるのか。
誰と一緒に食べるのか。ゆっくり時間をかけて食事するのか。

このときの「時間」とは、時計の針が示す時間とは、意味が違う。
時計の針による時間が平面的なら、旅や食をめぐる時間は多次元的である。
そんな豊かな時間感覚が、旅と食のマリアージュをさらに幸せなものにする。
まずは旅に出て、訪れた土地の食べものをゆっくり味わいたい。時計の針が刻む
時間ではなくて、私たちのの内的な時間に注目したい。

スローフード・スローライフの一言では言い尽くせない「旅すること」「食べること」と
「時間」が織り成す魅力や底力に、地球を何周もした後、再び気がついたのである。

「旅と食のマリアージュ」。
それはとりもなおさず、人生を楽しむことなのだから。


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