羽衣天女と一緒に 丹後半島・京都・世界の空・ 南の島へようこそ ようこそ 
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森ガ~ル 沼ガ~ル 空ガ~ルよ
2009年11月30日 (月) | 編集 |
11.30 sora 002

こんばんは、ringoです。
ようやく眠りから目覚めました。
こんこんと、おかしな夢を途切れ途切れにみながら、
週末よくやすみました。

そこで、ひさびさにゴールデンキッズマウンテンに向かい、
トワイライトウオークです。出かける時に鮮やかな虹がかかっていました。
カメラを取りに行っているうちに消えてしまいました。
里山はもこもこのレンガ色のセーターを着ています。
モヘアのような淡いブラウン色のパッチワーク。
真っ赤な刺繍も。
大きく息を吸い込むと、初冬の里山の空気、匂い。
ワタシはここの土地の成分のひとつだと実感します。
文句なく、気持ちいいです。
身体や思考と自然のありさまと境がなくなります。

26日の朝日新聞文化面にオノ・ヨーコさんがこんなエッセイを
書かれていました。(略)が多くて失礼します。

「間の文化」

東洋の文化は、「間」の文化だと思う。
「あなた、このコートどう思う?」
「うん、いいネ」
答えが帰ってくる前に「間」が出来る。(略)それが東洋のリズムだ。
これが西洋なら、「あなた、このコート・・・」と言っただけで、
「いいネ」と返ってくる。
だが今は東洋も西洋もなく、世界全体がスピードの社会だ。
そのスピードはスポーツカーのスピードであって、人間の鼓動には全然合っていない。(略)
そのためか、欧米ではスローダウンということが社会で言われ始めている。
映画監督デヴィッド・リンチの財団は最近、「メディテーション(瞑想)」を米国の
ハイスクール教育に導入する支援を大々的にしている。(略)
東洋ではメディテーションは昔から生活の中に入っていた。(略)
それがスピード時代に変わって、瞑想によって生まれる「間」を埋める作業が始まった。(略)
私たちの鼓動は大自然のリズムと合っていたのだ。
だから強かった。
スピードを尊重する社会から、「間」を尊重する世界に変わっていくことで、
世界が救われることになるはずだ。

この最後の1行、世界が救われることになっているはずだ。
という言葉に大いに希望を見出しました。

それにしても、何て忙しいスローライフなんでしょうとは、
アイトワの森さんの言葉。
思わずくすっと笑ってしまいました。

暮れてゆく霜月の空に、明日満月になる月が浮かんで、
赤い小さな実をいっぱいつけた木の枝は頭を下げる。
山の稜線はおふとん雲を被って、おお寒。
しばらくすれば、夜の帳がおりて、何千光年も向こうから届く星の光。
いつも、ずっと、こうだった。
変わったのはワタシたち。



11.18 greece8 008


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